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名古屋高等裁判所 昭和59年(ネ)609号 判決

控訴人

土性由松

外三九名

右四〇名訴訟代理人弁護士

石坂俊雄

村田正人

福井正明

伊藤誠基

被控訴人

香良洲町

右代表者町長

米川亀一

右訴訟代理人弁護士

杉浦酉太郎

坪井俊輔

杉浦肇

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人らに対し、別紙(二)目録物件欄記載の当該控訴人該当の土地につきそれぞれ同目録登記欄記載の当該控訴人該当の条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。被控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次に訂正・付加する外、原判決の事実摘示中、控訴人らに関する部分と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人ら代理人の陳述)

一  原判決(別紙二)目録を本判決別紙(二)目録のとおり改める。

二  原判決二枚目裏六行目の「以下原告とのみいう」の次に「。但し、控訴人岩間よしについては亡岩間勇、控訴人北山三男については亡北山大次郎、控訴人後藤キクエについては亡後藤捨男、控訴人近藤忠重については亡近藤軍次、控訴人葛井トシノについては亡葛井末吉、控訴人高橋克麿については亡高橋トヨノ、控訴人高橋満寿美については亡高橋弥吉、控訴人土性三輝については亡土性三郎、控訴人土性敏美については亡土性隆男、控訴人長谷川澄夫については亡長谷川夘平、控訴人長谷川志んについては亡長谷川豊次、控訴人松島ツヤについては亡松島孫太郎、控訴人山口シゲ子については亡山口周造」を、同九行目の末尾に続けて「そして、岩間勇は死亡したので控訴人岩間よしが、北山大次郎は昭和五七年七月二八日死亡したので控訴人北山三男が、後藤捨男は昭和五二年七月一五日死亡したので控訴人後藤キクエが、近藤軍次は昭和五二年六月二四日死亡したので控訴人近藤忠重が、葛井末吉は昭和五七年四月二日、その相続人である葛井学は昭和五九年一〇月六日それぞれ死亡したので控訴人葛井トシノが、高橋トヨノは昭和五二年四月一五日死亡したので控訴人高橋克麿が、高橋弥吉が死亡し、その相続人である高橋治は昭和五八年四月三〇日死亡したので控訴人高橋満寿美が、土性三郎は昭和五三年二月二五日死亡したので控訴人土性三輝が、土性隆男は昭和五九年四月五日死亡したので控訴人土性敏美が、長谷川夘平は昭和五二年一月一二日死亡したので控訴人長谷川澄夫が、長谷川豊次は昭和五六年一一月二八日死亡したので控訴人長谷川志んが、松島孫太郎は昭和五七年六月一四日死亡したので、控訴人松島ツヤが、山口周造は昭和五六年六月八日死亡したので控訴人山口シゲ子がそれぞれ相続により被相続人の法的地位を承継した。したがつて、控訴人らはそれぞれ本件各土地を所有している。」をそれぞれ加える。

三  原判決四枚目裏一〇行目の「その余の事実は認める。」の次に「なお、本件売買契約は控訴人らの代理人である被控訴人と東海糖業との間で締結されたものである。」を加え、同末行の「同近藤軍次」及び同五枚目表一行目の「同長谷川夘平」の各「同」を削り、同二行目の「原告」の次に「ら」を加える。

四  原判決五枚目裏六行目の「とたろ、」を「ところ、」と訂正し、同七枚目裏五、六行目の「明らかになつた」を「明らかになり、また、右工場の建設には食糧庁の許可が必要であるところ、食糧庁の反対によつて工場は建設できないものであることが判明した」と改める。

五  原判決七枚目裏一〇行目の末尾に続けて「仮に、譲渡禁止の特約が東海糖業と被控訴人との間でなされたとしても、これは控訴人らのために締結された第三者のためにする契約であるから、控訴人らは昭和六一年八月一一日の当審第九回口頭弁論期日において被控訴人に対し受益の意思表示をした。」を加える。

六  控訴人らは昭和三七年一一月三日被控訴人に対し、本件各土地を東海糖業が工場建設用地として使用すべく譲渡し、同社が他の目的には用いないように監視し、他の目的に使用したり第三者に転売したりして工場を建設しなかつた場合には、売買契約を解除してもとの地主である控訴人らに本件各土地を返還させることを委託した。そして、前記のとおり、控訴人らが本件売買契約を解除したところ、東海糖業は被控訴人に本件各土地を寄付したのである。東海糖業の右寄付は売主の代理人である被控訴人に対し本件各土地を一括返還したものと解すべきである。仮に、一括返還とは解しえないとしても、原因が何であれ、本件各土地を無償にて譲渡を受けた以上、被控訴人は受任者の引渡義務に基づき控訴人らに本件各土地を引き渡すべきである。

七  控訴人らは原審において相被告であつた東海糖業(その後アイトー株式会社に吸収合併された)に対する訴を取り下げ、同会社は右訴の取下げに同意した。しかるに、原判決は右会社の申請にかかる証人の証言や丙号証を当事者の援用がないまま事実認定の資料に供しているが、これは弁論主義に違背するものである。

八  被控訴人の後記主張三は争う。被控訴人の権利濫用の主張こそ信義則上許されない。

(被控訴代理人の陳述)

一  原判決三枚目表一〇行目を「本訴請求原因については、控訴人らが本件各土地をそれぞれ所有しているとの点は否認するが、その余の事実はすべて認める。」と改める。

二  原判決三枚目裏二行目の「原告高橋治については訴外高橋弥吉を、「控訴人北山三男については亡北山大次郎、控訴人後藤キクエについては亡後藤捨男、控訴人近藤忠重については亡近藤軍次、控訴人葛井トシノについては亡葛井末吉、控訴人高橋克麿については亡高橋トヨノ、控訴人高橋満寿美については亡高橋弥吉、控訴人土性三輝については亡土性三郎、控訴人土性敏美については亡土性隆男、控訴人長谷川澄夫については亡長谷川夘平、控訴人長谷川志んについては亡長谷川豊次、控訴人松島ツヤについては亡松島孫太郎、控訴人山口シゲ子については亡山口周造」と改め、同四枚目裏一行目の末尾に続けて「また、北山大次郎、後藤捨男、近藤軍次、葛井末吉及びその相続人葛井学、高橋トヨノ、高橋治、土性三郎、土性隆男、長谷川夘平、長谷川豊次、松島孫太郎、山口周造も死亡したので、控訴人北山三男、同後藤キクエ、同近藤忠重、同葛井トシノ、同高橋克麿、同高橋満寿美、同土性三輝、同土性敏美、同長谷川澄夫、同長谷川志ん、同松島ツヤ、同山口シゲ子がそれぞれ相続により被相続人の法的地位を承継した。」を加える。

三  控訴人らは本件各土地を昭和三八年一月三〇日頃または同年五月六日頃東海糖業に売却してその頃には代金の全額を受領するとともに、本件各土地の引渡しをすませていること、控訴人らはそれ以後本件各土地に対する公租公課の支払いをしていないこと、控訴人らは昭和四二年八月頃以降「地価の値上りにより、本件各土地の売買代金は安すぎるので再考せよ。この条件が受け入れられないのであれば解約せよ」等の申し出をなし、このために事態が紛糾し年月が経過したこと等を総合すると、控訴人らが本件各土地の農地転用届出協力請求権につき消滅時効を援用することは、信義則に反し権利の濫用として許されない。

四  控訴人らの前記主張六は争う。

五  同七も争う。共同訴訟人間においては、援用がなくとも証拠共通の原則が働くのである。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一本件各土地について控訴人らまたはその主張にかかる先代らがそれぞれ自創法四一条二項の規定による売渡しを受けて昭和三八年一〇月一六日所有権保存登記を取得したこと、控訴人岩間よし、同北山三男、同後藤キクエ、同近藤忠重、同葛井トシノ、同高橋克麿、同高橋満寿美、同土性三輝、同土性敏美、同長谷川澄夫、同長谷川志ん、同松島ツヤ及び同山口シゲ子の相続関係が控訴人ら主張のとおりであること、本件各土地について東海糖業のために本件各仮登記が、また被控訴人のために本件各附記登記がなされていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、控訴人らまたはその主張にかかる先代らと東海糖業との間における売買契約成立に至る経緯及びその内容について検討することとする。

〈証拠〉によると、次の事実を認めることができる。

(1)昭和三七年八月東海糖業の顧問をしていた松本一郎代議士が被控訴人を訪れ、ブドウ糖の生産工場を建設するため香良洲町内で八万坪の土地を入手したいと切り出して、その買収につき協力方を依頼した。(2)そこで、同年九月頃二回にわたり公民館において関係する地主を集めて説明会が開かれたが、結論が出なかつたので、同年一〇月頃町会議員や土地所有者の代表によつて工場誘致促進委員会が設立された。東海糖業は当初買収価格について反当たり金一五万円を呈示したところ、地主側の承諾が得られなかつたので、同年一一月になつて新たに金一七万円の提案をしたが、これに対しても地主側は難色を示した。このため、被控訴人は同月八日工場の操業開始を条件に反当たり金三万円の補償金を支払うと約束したので、売買代金は反当たり金一七万円ということで妥結をみた。(3)そして、東海糖業と各土地所有者との間で、第一次買収分については昭和三八年一月三一日に、また、第二次買収分については同年五月六日頃に売買契約が締結された。控訴人らのうちで第二次買収分に該当するのは、岩間勇、控訴人菊地孫右エ門、同葛井浜次(一筆のみ)、近藤軍次、控訴人土性峯男、長谷川夘平、控訴人長谷川国次、同藤川七郎であり、その余は第一次買収分に該当する。(4)ところで売買契約書が取り交わされたのは被控訴人との間のみであり、他の所有者との間では不動産売渡証書と移転登記のための委任状が東海糖業に交付されただけであつた。なお、被控訴人との右売買契約書には、売買代金は契約時に二割を支払い、残金は登記完了後に支払うものとされ、また「農地法不許可の場合は全面的に解除する」という文言が記載されている。(5)ところが、東海糖業は代金支払いに関する右のような約定にもかかわらず、その後被控訴人を通じて地主に対し売買代金全額を支払つた。(6)被控訴人が買収に応じた七筆の土地は地目がすべて雑種地であつた。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

控訴人らは、被控訴人は本人兼各土地所有者の代理人として昭和三八年一月三一日に売買契約を締結した旨主張する。

なるほど、右認定事実によると、被控訴人は東海糖業と各土地所有者との間で、本件売買に関し仲介やあつせんの労をとつたことが明らかであり、また、右売買契約書(前掲丙第二六号証)には別紙として第一次買収分の全所有者の氏名及び対象物件の地番と地積が記載された書面が添付されている。しかしながら、右契約書では被控訴人が土地所有者の代理人である旨明記されていない上、契約の文言上被控訴人の所有物件のみに関する売買契約であることが看取されるから、被控訴人が土地所有者の代理人としても売買契約を締結したものということはできない。仮に、丙第二六号証のみが本件売買に関する唯一の契約書であるとすると、第二次買収分については売買契約書が存在しないという不自然な結果となる。結局、右契約書の文案と別紙は他の土地所有者との間でも同様の売買契約書を作成するため用意されたが、実際に使用されたのは被控訴人との間のみであつたと認めるのが相当である。もつとも、各土地所有者との間でも同様の文言で売買契約を締結することが予定されていたのであるから、「農地法不許可の場合は全面的に解除する」との約定は、東海糖業と各土地所有者との間の売買契約においても付されていたものと認めるべきである。

三次に、本件売買契約の消滅事由または障害事由に関する控訴人らの各主張について検討することとする。

1  控訴人らは、本件売買契約に付された「農地法不許可の場合は全面的に解除する」との約定の中には、東海糖業において工場を建設する意思がない場合や工場建設が不可能となつた場合も含まれていた旨主張する。

しかるところ、本件売買契約においては、東海糖業と被控訴人との間の売買契約のみならず、他の土地所有者との間の売買契約においても、右のような文言の約定が付されていたものと解すべきことは、前認定のとおりである。しかしながら、控訴人らの右主張に副う証言をする証人後藤次郎も当審において、当時は工場が建たないということは夢にも考えていなかつたと証言しているところからすると、想像もしなかつた工場不建設という事態を想定して右のような文言が特約の中に付加されたとは考えられない。当時においても農地法上の許可が得られない場合はあり得たのであるから、右約定は、その文言どおり、農地について農地転用の許可が得られないときは、東海糖業において当該農地の所有権を取得しえず、当該農地に関する売買契約が無効となる旨を宣明したものであり、また、非農地については契約の目的を達しえなくなるので、そのときには合意解除し得る旨を約定したものと解するのが相当である。右認定に反する〈証拠〉は信用できず、他に控訴人らの右主張を裏付ける証拠はない。

したがつて、控訴人らの右主張は採用できない

2  控訴人らは昭和三八年七月三一日東海糖業との間で「東海糖業は工場用地として確保した土地は目的外に使用したり、他に転売する事は出来ない」旨約定したと主張する。

なるほど、〈証拠〉によると、東海糖業は昭和三八年七月三一日被控訴人との間で工場立地に関する協定書を締結し、その中で控訴人ら主張のような内容の約定をしていることを認めることができる。しかしながら、〈証拠〉によると、右協定書は、用地買収の目途が立ち、工場建設が現実化した段階において、被控訴人が町独自の見地から、その発展と住民全体の福祉を考慮して、工場用地、工業用水、漁港、道路、排水その他課税、従業員の採用等に関して、東海糖業との間で要望事項を文書化したものであることを認めることができ、それ以前にすでに成立していた本件売買契約の内容を各土地所有者との間で補充したものであると認めることはできない。それ故、控訴人らが主張するような内容の約定が本件売買契約に付加されるようになつたということはできない。

したがつて、控訴人らの右主張も採用できない。

3  控訴人らは昭和四一年七月一四日東海糖業との間で「東海糖業は香良洲工場の建設につき昭和四一年に着工し、その完成年月日を昭和四五年九月までとする」旨約定したと主張する。

ところで〈証拠〉によると、東海糖業は昭和四一年七月一四日農地転用事前審査申出書を農林大臣宛に提出するに当たり、被控訴人の副申書を求めて被控訴人を訪れた際、工場は昭和四一年一〇月に着工し、昭和四四年九月に完成する旨申し述べたこと、また、東海糖業は昭和四二年六月一四日被控訴人に対し工場は農地転用許可の上着工し、昭和四四年三月末日までに完成すると申し出たことを認めることができる。しかしながら、これらの申し出は被控訴人に対するものであつて、土地所有者に対する申入れでもなければ、土地所有者との間の約定でもない。東海糖業は本件各土地を工場建設の目的で買収したとはいえ、本件売買契約において負担した債務は売買代金反当たり金一七万円の支払いのみであつて、それも前示のとおり完済されているのである。仮に、工場建設の有無を理由に契約解除権を留保するのであれば、その点を本件売買契約において合意する必要があるが、前記認定事実からはもとより、本件全証拠によつても、右合意の存在を認めることはできない。

したがつて、控訴人らの右主張も採用できない。

4  控訴人らは東海糖業との本件売買契約は本件各土地に香良洲工場を建設しないことを解除条件とするものであつた旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、控訴人らの右主張も採用できない。

5  さらに、控訴人らの錯誤の主張について判断をする。

〈証拠〉によると、本件買収における説明会の席上、東海糖業側から工場が建設されればその従業員に地主及びその子弟を優先的に採用するとの発言がなされ、また、工場誘致促進委員会でも同様のことが話題に上つたことを認めることができる。それ故、土地所有者の内の何人かがこの点を動機としてその所有土地を東海糖業に譲渡する決意をしたであろうことは十分に考えられるところである。しかしながら、従業員として採用されるかどうかという点になると、個々の土地所有者においてその事情が一様でないし、〈証拠〉によると、被控訴人との協定においても、東海糖業は用地提供者を優先しできる限り住民の中から従業員を採用するとしながらも、同社の定めるところに従い、経歴、健康、技能、思想等採用条件を審査の上採用の可否を決定するとの留保を付しているのであつて、これらの点について土地所有者と東海糖業との間で立ち入つた協議がなされたことを窺わせる証拠は存在しない。そうすると、従業員の優先採用の点は本件売買契約においてあくまで動機にとどまつていたものというべきであつて、それが本件売買契約の要素として表示されたことを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、控訴人らの右錯誤の主張も、また採用することができない。

四そして、〈証拠〉によると、東海糖業は昭和四九年一二月一八日被控訴人に対し本件各土地について売買契約上の買主たる地位を寄付により譲渡したことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。控訴人らは右譲渡は売買契約上の買主たる地位の譲渡ではなく、本件各土地自体の譲渡である旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

しかるところ、被控訴人は昭和五一年五月二五日本件各仮登記につき権利移転の本件各附記登記を経由したこと、また、東海糖業は昭和五三年八月一〇日アイトー株式会社に吸収合併され、同社において東海糖業の権利義務を承継したところ、同社は昭和五九年二月二〇日付その頃到達の内容証明郵便をもつて控訴人らに対し昭和四九年一二月一八日本件各土地についての売買契約上の買主たる地位を被控訴人に譲渡した旨の通知をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

右売買契約上の買主たる地位の譲渡について控訴人らの承諾があつたとの点については主張立証がないけれども、前示のとおり、本件においては東海糖業は買主として売主に対する債務を完済しているから、被控訴人は右通知をもつて控訴人らに対し買主たる地位の譲渡を対抗しうるものと解するのが相当である。

五控訴人らは本件売買契約には買主たる地位の譲渡が禁じられていた旨主張する。

しかしながら、控訴人らと東海糖業との間で右のような譲渡禁止の約定がなされていたことを認めるに足りる証拠はない。もつとも、前示のとおり、昭和三八年七月三一日東海糖業と被控訴人との間で締結された工場立地に関する協定書の中において、工場用地として確保した土地を他に転売することは出来ない旨約定されている。しかし、右約定は右土地を協定書の当事者以外の第三者に譲渡することを禁じたものであつて、買収土地の買主たる地位を被控訴人に譲渡することまで禁じた趣旨であるとは解することができない。けだし、被控訴人が右譲渡を受けた場合には、町の発展と住民全体の利益を図る観点から、右土地を有効に利用する方策を立てることが可能となるからである。

したがつて、譲渡禁止に関する主張は、その余の点について判断するまでもなく採用するこができない。

六さらに、農地転用許可申請協力請求権ないし届出協力請求権についての控訴人らの消滅時効の主張について検討することとする。

1  本件売買契約が第一次買収分につき昭和三八年一月三一日、第二次買収分につき同年五月六日頃締結されたことは前示のとおりであり、本件各土地が昭和四五年八月三一日市街化区域に指定されたことは当事者間に争いがない。

ところで、本件各土地は農地であるため、契約当初控訴人らは本件売買契約に基づき東海糖業に対し農地法五条一項による農地転用許可申請協力義務を負い、一方東海糖業は控訴人らに対し農地転用許可申請協力請求権を取得したが、その後農地法の一部を改正する法律が施行され(昭和四三年六月一五日法律第一〇〇号、昭和四四年六月一四日施行)、本件各土地が市街化区域に指定された結果、右許可申請協力請求権は届出協力請求権に変容することになつた。しかし、許可申請協力請求権といい、また届出協力請求権といつても、その実質は、農地を農業上の利用を廃止して非農地にする目的で所有権の移転をなすに当たつて農地所有者に対し協力を求める債権的請求権である点において同一であり、その請求権の内容が変容したのは、もつぱら農地に対する法的規制の変化に基づくものであつて、当事者の意思とは何ら関係がない。したがつて、届出協力請求権の時効期間を算定するに当たつては、転用許可申請協力請求権を行使しえた期間も通算すべきであつて、結局本件届出協力請求権は本件売買契約成立のときから一〇年の経過をもつて時効消滅するものと解するのが相当である。

2  そこで次に、控訴人らが消滅時効を援用するのは信義則に反し権利の濫用として許されない旨の被控訴人の主張について、判断することとする。

〈証拠〉によると、次の事実を認めることができる。

(1)東海糖業は香良洲工場を建設するため、昭和三八年二月頃農林大臣宛農地転用事前審査申出書を提出したところ、食糧庁内部で異論が出たため一旦右申請書を取り下げた。(2)そして、昭和四一年七月一五日第二回目の事前審査申出書を提出したところ、同年一二月二日東海農政局長より、八項目の点について留意した上農地法五条による手続をとられたい旨の指示を受けた。(3)そこで東海糖業は指示のあつた右八項目を検討した上、昭和四二年八月一日必要書類を整えて、農地法五条に基づく農地転用許可申請書を三重県開拓課に提出したところ、担当職員から、昨日被控訴人の後藤次郎町長より被控訴人を通じて提出してもらいたい旨の要望があつたからという理由で、受理を拒絶された。(4)このため東海糖業は同月三〇日担当者を被控訴人に出向させて農地転用についての協力方を要請したところ、被控訴人の後藤町長及び町会議員多数が地主の立場を代弁した上、「日本鋼管津造船所が近接地に進出したことにより情勢が一変し、地価が上昇したから、買収土地の地価を再評価せよ。それができなければ工場の進出を中止せよ」と強く迫つた。これに対し東海糖業は地価の再評価には応じられないと返答した。(5)後藤町長は本件買収当時町議会議長の役職にあり、本件買収を熱心に推進した一人であつた。(6)東海糖業はその後も香良洲町への進出の意思を有していたが、農地転用の協力が得られなかつたため、その届出をしないまま、前記認定のとおり昭和四九年一二月一八日被控訴人の方で有効利用してもらいたいという趣旨で、買収土地を被控訴人に寄付した。(7)そこで被控訴人は町の発展を念願し、町民の雇用の場を確保するため、寄付を受けた土地及びこれに隣接する官有地を工場団地として開発することとし、企業誘致を進めている。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する〈証拠〉は、前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によると、東海糖業は地主の協力を得て農地法五条に基づく農地転用の許可申請手続をしようとしたにもかかわらず、控訴人らを含む地主の立場を代弁した当時の後藤町長をはじめ町会議員多数が買収価格の再評価を要求してこれを阻止したため、右手続を履践することができなかつたこと、その外控訴人らは本件売買契約締結後間もなく売買代金全額をすでに東海糖業から受領していること等の事情を考慮すると、控訴人らが本件訴訟において本件農地転用届出協力請求権の消滅時効を援用することは信義則に反し権利の濫用として許されないものといわなければならない。一方、前記認定事実から判断すると、後藤町長や町会議員らの前記阻止行動は地主の立場を代弁した私的な行為であつて、被控訴人自体の行為とはいいえないから、被控訴人の右信義則違反権利濫用の主張が信義則に反するものと認めることはできない。

七控訴人らは、被控訴人は本件売買契約について控訴人らの代理人であるから、受任者の引渡義務に基づき控訴人らに本件各土地を引き渡すべきである旨主張する。

しかしながら、被控訴人が本件売買契約に関して控訴人らの代理人であると認められないことは前示のとおりであるから、控訴人らの右主張はその前提を欠くことになり、採用できない。

八最後に、控訴人らは、原判決が取下げにより訴訟の終了した東海糖業が申請した証人の証言や丙号証を当事者の援用のないまま証拠として事実認定の資料に供したのは弁論主義違背である旨主張する。

しかしながら、共同訴訟人の一人が提出した証拠は、その相手方に対するばかりでなく、他の共同訴訟人とその相手方に対する関係においても証拠として事実認定の資料に供することができる(最高裁判所昭和四三年(オ)第二八二号、同四五年一月二三日第二小法廷判決・判例時報五八九号五〇頁参照)のであつて、この理は、証拠を提出した共同訴訟人に対する訴訟が訴の取下げにより終了しても影響を受けるものではない。

したがつて、原判決には所論のような違法が存しないから、控訴人らの右主張は採用できない。

九以上の次第で、控訴人らの本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却し、被控訴人の反訴請求は正当としてこれを認容すべきであり、右と同旨の原判決は相当である。

よつて本件控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条本文、九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官黒木美朝 裁判官西岡宜兄 裁判官喜多村治雄)

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